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BeMe:税金滞納で不平等にNO 女性初の参政権を求めた「民権ばあさん」

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BeMe:税金滞納で不平等にNO 女性初の参政権を求めた「民権ばあさん」

「民権ばあさん」と呼ばれた楠瀬喜多=高知市立自由民権記念館蔵  女は脳みそが足りない,権利など与えるわけにはいかない――, 公の議会でこんな発言がまかり通っていた時代,「税金の滞納」という手段で参政権を求めた女性が高知にいた, その名は楠瀬喜多(くすのせ・きた)(1836~1920年),人々から「民権ばあさん」と呼ばれた, 日本で女性の参政権が確立する70年近くも前,果敢に声を上げ続けた喜多は“特別な女性”として見られることもある,だが,喜多の評伝小説『天までのぼれ』(ポプラ社)を刊行した中脇初枝さんは「普通の人だったのではないでしょうか」と話す, 構想から約10年,中脇さんがたどり着いた「喜多」像とは,あえて税を払わず異議申し立て  「国会もない時代に女性参政権を訴えたと聞いて,すごいことをした人がいたんだなとびっくりしました」  中脇さんは初めて喜多の存在を知った時をそう振り返る,徳島県で生まれ,2歳から18歳まで高知県で育った,だが喜多と同郷といっても離れた地域で育ったため,2014年に地元紙の記者から聞くまで,喜多を知る機会がなかったという, まず喜多の生涯をおさらいしておきたい,喜多は1836(天保7)年,土佐の城下町に生まれた,土佐藩士の楠瀬実と結婚したが,後に死別,自身が戸主となった, 明治維新をへて,高知では間接選挙による民会が開かれることになった スーパーコピー時計 戸主には投票権が与えられたが ブランドコピー靴 女性は投票できないと規則で定められていた,喜多は戸主として納税の務めを果たしているにもかかわらず権利をないがしろにされるのはおかしいと考え,あえて税を滞納,78(明治11)年,高知県庁に対し,文書で権利が平等ではない,と訴えた, 喜多の行動は新聞でも報じられ,その2年後の80(明治13)年,県下にある上町町会で女性にも選挙権が認められた,しかし4年後には法律が改正され,選挙権は男性のみに限られてしまう, 日本で国政の女性参政権が行使されるのは1946年,喜多の死から四半世紀以上の月日がたっていた ブランドコピー服 「自分の目で見て考えられる人」  幕末から大正という激動の時代を生き抜いた喜多をもっと知りたいと スーパーコピーn級 中脇さんは同時代の資料を調べた スーパーコピー激安 作品の巻末には「主要参考文献」として70以上の資料名が並ぶが「ごく一部」だ,さらに,これだけ緻密に調べても「喜多の人となりが詳細に書かれた資料はわずかで,男性の手によって書かれたものばかりでした」と明かす, 手がかりが少ない中,どのようにして「喜多」像を立ち上げたのか, 生来,並外れた精神力や知性を持った超人だったという見方もできるが,中脇さんは喜多を「ごく普通の女性だったのでは」と考える,「何か特別なことがなければ喜多のようなことができないのかというと,そうではないと思うんです,自分の目でじっと見て,自分の頭で考えられる人だったんじゃないか」  喜多は板垣退助ら自由民権運動家たちと交流していたことが知られている, これまでの研究では,無名の女性であることを理由に,そもそも喜多が自らの意思で行動したのではなく,当時の民権家の誰かが,喜多の名前を使ってやらせたことだとされてきたという, ところが中脇さんは…
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